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女のいない男たち [本]

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村上春樹「女のいない男たち」。
ひとつのテーマに沿って書かれた連作短編集。
結構読むのを楽しみにしてたんですけど、あの例によっての村上的比喩表現にちょっとイラッとしてしまった。
今の自分にはあまり関係がないというか。欲している物語じゃなかったってことでしょうか。
あまり響くものがありませんでしたね。

たぶん、ロベルト・ボラーニョの「2666」を読んでるせいもあるかもしれない。
最近ブログの更新がいまひとつなのもそのせいです。
ひと月かかってようやく半分に差し掛かったところで、重すぎて持ち歩けないので、家でコツコツ読んでるんですが、本を閉じても物語にとらわれてぼんやりしてしまってどうもブログ記事を書く気分にならないんですね。

CDはポツポツ買ってるんですが、頑張ってあとひと月くらいで読み終えられたらいいんですが・・・。
何しろ長い本なんで。しばらくはのんびりモードの更新になるでしょう。
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怒り [本]

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殺人現場には、血文字「怒」が残されていた。事件から1年後の夏、物語は始まる。逃亡を続ける犯人・山神一也はどこにいるのか?

吉田修一「怒り」を読んだ。
映画化された「悪人」は見たのは映画だけだったか、本もパラパラと読んだ気もする。
世評ほどには評価できなかったような。

本作も同様にこのタイトルでかましたハッタリ感ほど面白くない。
サスペンス仕立てなので最後まで飽きずに読めたが、この内容でこのタイトルはちょっと違くないか。その「怒り」が最後まで描かれないので読み終わった後、「で、なんなの?」。理不尽な暴力による事件なんて沢山あるわけで、それを引き起こしたのが「怒り」であるなら、そこを突き詰めて書くのが作家の仕事ではないのか。
登場人物がいかにもで、その行動が直截的すぎるのもなんかテレビドラマ的。ついでに文章もあまり上手くない。飽きずに最後まで読ませたんだからエンターテイメントとしてはそれなりによくできてると思いましたが。もうこの作家の作品を読むことはないでしょう。
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まほろ駅前狂騒曲 [本]

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いつもの奴らがなぜか集結―?まほろ駅前は大騒ぎさ!四歳の女の子「はる」を預かることになった多田と行天。その後なんとバスジャック(?)に巻き込まれることに―。

三浦 しをん「まほろ駅前狂騒曲」。
シリーズ第三弾。めっちゃ面白い。
この人の作品の魅力はキャラが立っているところ。登場自分物が活き活きとしているから読んでて楽しい。サクサク読めるのに読後の充足感もある。作家として成熟してきましたね。

このシリーズは映画・テレビドラマ化されたので、読みながら頭の中で主人公は瑛太と松田龍平になってしまう。本作も映画化してもいいんじゃないかな。
笑ってハラハラしてグッとくる。お勧めのエンターテイメント作です。

この世界は狂気にあふれてなどいない。愛と信頼が、なぜかときとしてひとを誤らせ、他者を傷つける凶器に変わることもあるという、残酷で皮肉な事実が存在しているだけだ。その事実のみをもって、愛と信頼のすべてを否定し、世界を嘲笑し、自分のなかの善と美を希求する心を封印してしまうのは愚かなことだろう。刺しこまれた凶器を引き抜き、もう一度自分の傷口をえぐるようなものだ。
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終わりの感覚 [本]

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二十代で自殺した親友の日記が、老年を迎えた男の手に突然託される。それは、別れた恋人の母親の遺言だった。男は二十代の記憶を懸命に探りつつ、かつての恋人を探しあてるが……。記憶の嘘が存在にゆすぶりをかけるさまをスリリングに描くバーンズの新境地。

ジュリアン バーンズ著「終わりの感覚」。
ブッカー賞受賞作だし、評判もいいので読んでみたけど、期待しすぎたかな。
人間は誰しも自分の記憶を都合よく書き換えていく。誰にも思い当たる節があることだけど、この主人公はちょっと都合よく書き換えすぎじゃないかな。
たぶん期待しすぎたのと、ミステリーとして読んでしまったからかもしれない。純文学としてよめば、また違ったかのかも。

たとえば人生の証人がしだいに減っていき、記憶の補強がおぼつかなくなり、自分が何者であり、何者であったかしだいに不確かになっていく。それがどんな感じのものか、若者にはわからない。いかに熱心に記録しつづけ、言葉と音声と写真を山のように積み上げても、結局は役立たずの記録になるかもしれないことに思い至らない。
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64 [本]

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昭和64年に起きたD県警史上最悪の誘拐殺害事件を巡り、刑事部と警務部が全面戦争に突入。広報・三上は己の真を問われる。究極の警察小説!

横山秀夫著「64」。
ちょうど一年前、本屋で山積みにされていたので読んでみようと図書館に予約したのがようやく回ってきた。
最後までぐいぐいひきつけられるように読みました。面白かった。
この手の本は普段あまり読まないので、よくできてるなぁと関心。
ただ力作なのはわかるけど、どこかテレビの2時間ドラマを見たような感じでもある。
読み終わったそばから忘れていってしまうような・・・。
よくできたエンターテイメント小説。
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島はぼくらと [本]

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母と祖母の女三代で暮らす、伸びやかな少女、朱里。美人で気が強く、どこか醒めた網元の一人娘、衣花。父のロハスに巻き込まれ、東京から連れてこられた源樹。熱心な演劇部員なのに、思うように練習に出られない新。島に高校がないため、4人はフェリーで本土に通う。「幻の脚本」の謎、未婚の母の涙、Iターン青年の後悔、島を背負う大人たちの覚悟、そして、自らの淡い恋心。故郷を巣立つ前に知った大切なこと――すべてが詰まった傑作書き下ろし長編。

辻村 深月「島はぼくらと」。
漫画家五十嵐大介による装画にひかれて購入。直木賞作家らしいですがはじめて読んだ。
小さな島の過疎化や医療の問題などよく調べて書いてあるけど、全体的に予定調和的で着地点が最初から決まっているような物語なので、読後感は爽やかだけれど残るものがあまりない。

装画がマンガということもあってキャラクター設定もちょっと漫画っぽく感じた。これは別に悪い意味ではないけど。爽やかな物語なので数年後にはドラマ・映画化されそうな気がする。
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紙の月 [本]

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わかば銀行から契約社員・梅澤梨花(41歳)が約1億円を横領した。梨花は発覚する前に、海外へ逃亡する。梨花は果たして逃げ切れるのか?

角田 光代「紙の月」。
この本に登場するごく普通の人たちの内側にある焦燥感や欠落感を描いた作品はまぁたくさんある。
そのたくさんある作品のなかでこの作品が突出しているかというと、そういうわけではない気がした。
というか、物語を超えたリアリティや切実さをもって迫ってこなかったというか。
それは僕個人の感性の問題かもしれないけど。

仮定は過去へ過去へ遡りながら無数に散らばっていくが、けれど、どの仮定を進んでも、自分が今この場にこうしているような気がしてならない。
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聖なる怠け者の冒険 [本]

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一年ほど前からそいつは京都の街に現れた。虫喰い穴のあいた旧制高校のマントに身を包み、かわいい狸のお面をつけ、困っている人々を次々と助ける、その名は「ぽんぽこ仮面」。彼が跡継ぎに目をつけたのが、仕事が終われば独身寮で缶ビールを飲みながら「将来お嫁さんを持ったら実現したいことリスト」を改訂して夜更かしをすることが唯一の趣味である、社会人二年目の小和田君。当然、小和田君は必死に断るのだが…。宵山で賑やかな京都を舞台に、ここから果てしなく長い冒険が始まる。

森見 登美彦「聖なる怠け者の冒険」。
装丁に惹かれて今月はこの本を購入。初めて読む作家。
独自の世界を持った作家ですね。主人公とともに京都の宵闇に紛れ込み馬鹿らしくもスペクタクルな一日を体感できる。面白い落語を聴いたみたいな感じ。他の本も読んでみようかな。
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ここは退屈迎えに来て [本]

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地方都市に生まれた女の子たちが、ため息と希望を落とした8つの物語。フレッシュな感性と技が冴えわたるデビュー作は、「R‐18文学賞」読者賞受賞作「十六歳はセックスの齢」を含む連作小説集。

山内マリコ「ここは退屈迎えに来て」。
地方都市に旅行に行ったりすると、この街で暮らして仕事するってどんな感じかなぁとかよく想像する。
地方ガールの退屈やうんざりやイライラがリアルに閉じ込められた秀作。面白かった。次作にも期待。
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王城の護衛者/ラジオのこちら側で [本]

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薩長両藩が暗躍し、攘夷派の浪士たちが横行する、無政府状態に近い幕末の京。新たに京都守護職を命じられた会津の青年藩主・松平容保は、藩兵千人を率い、王城の護衛者として治安回復に乗り出すが、複雑怪奇な政治の術数に翻弄され…。

司馬遼太郎 「王城の護衛者」。
大河ドラマ「八重の桜」を毎週楽しみに見ている。それで興味を持った会津藩主松平容保についての短編。ちょうど今ドラマでやってるところだから新しい発見はなかったけど。読んでてなんともやるせない気分になります。ドラマもね。他に収録された短編も幕末の個性豊かな人物を取り上げていて勉強になりました。

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1974年、テレビやラジオ、ロックやジャズへの未知なる期待が渦巻いていたアジアの国・日本に降り立ったロンドン青年。文化の壁にぶつかりながら、素晴らしい音楽を電波にのせるべく今も奮闘中の著者が、音楽シーンとメディアの激変を振り返り、愛してやまないラジオと音楽の可能性を、今あらためて発信する。

ピーター・バラカン 「ラジオのこちら側で」。
バラカンさんのラジオには本当に今までお世話になってきた。今も毎朝の「バラカン・モーニング」に土曜の「ウィークエンド・サンシャイン」と愛聴してます。

思い出深いのは88年に放送された「What is Soul?」。黒人音楽をかじり始めたばかりだたったので夢中で聴いてた。今でもカセットが残ってる。あと、89年からベイFMで始まった「ベイ・シティ・ブルーズ」。金曜の夜中とゆうか土曜の明け方3時から5時にやってたあの番組、眠くて起きるのが大変だったけど、きっといい曲かけてくれる!と思って聴いてました。今みたいにネットなんかなかったし実際に音を聴けるのはラジオだけだったから、ほんと楽しみにしてたっけ。20年以上前かぁ。

この本はバラカンさんが日本に来て日本社会で四苦八苦しながらも、ラジオへの情熱を失わずにやってきた道のりが暖かく刻まれてます。自分が聴いてきた番組が多いので思い出すこともたくさんありましたね。
ラジオってまだまだ可能性ありますよ。
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